護身術 武道 皇法指圧 八光流柔術 長野県八光流健武会

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八光流概説

八光流柔術の歴史

八光流 開祖 龍峰 奥山吉治 宗家
     開祖 龍峰 奥山吉治 宗家

開祖 龍峰 奥山吉治 宗家は1901年(明治34年)山形県に生まれ後に北海道旭川に移住しました。1924年(大正13年)に東京政治学校に入学し、1927年(昭和2年)に帰郷して大東流合気柔術の松田敏美師範に師事し後には大東流合気柔術中興の祖として名高い武田惣角公にも学びました。その後、上京するまでに天塩、新潟、京都、宮津、伊勢、熊本、沖縄に至るまで、各地を遊歴して様々な武術、家武道家と交わり武芸十八般を研究しました。 さらに平田了山南拝山より東洋医学や心理療法を学んで八光流を完成、1941年(昭和16年)に起流しました。終戦後から復興期を経て1987年(昭和62年)に逝去されるまで多くの門弟を指導しました。北海道から沖縄に至るまで、さまざまな形で八光流の指導を受けた者は数多く、フランス、ベルギー、ハワイ、アメリカ本土をはじめ世界中に拡がっており、ことにFBIにおいては逮捕術として採用されています。

八光流 二代目龍峰 奥山俊夫 宗家
     二代目龍峰 奥山俊夫 宗家

二代目を継がれた龍峰 奥山俊夫 宗家が埼玉県さいたま市の大宮にて八光流柔術総本部八光塾で指導に当たられている他全国三千余名師範が各地で教伝されています。



八光流の理念

八光流は護身術
八光流柔術は日本古来の武術である柔術です。 但し、自ら相手に向かっていって、当身を出し、関節の逆を極め投げて倒すようなことは、術技の中では勿論出来ますが敢えてしません。護身術は第三者の助けや警察が来るまでに危険から逃れる事が出来れば充分と考えるからです。相手に対してまず、にっこり笑って自身の力みを捨てて技を掛けます。力に力で対抗しないので、反発心を封じる事が出来ます。そこで、相手の力の方向を察知して外すのです。また、八光流の技法は相手を負傷させる事がありません。 これらの教えを開祖は、「挑まず、逆らわず、傷つけず」と表現しています。


八光流の特徴

教え方の妙
八光流の技術は、教えられると誰でもすぐに出来るようになります。その理由は教え方にあります。武術の極意とか奥義とかは、師の指導や助言から導かれたり、自身の経験から悟ったりする、長年の修行を積み重ねることで究めるのが一般的ではないでしょうか。ところが八光流では、極意や奥義に通じる技のポイントを初段のレベルから各々の技の要領が師範よりマンツーマンで口伝で指導されます。例えば「弓を射るように」とか「空缶を潰すように」等々、技の極めの秘訣をある種のイメージによって理解させます。この方法により「即修即効」と言われるほど短期間に一つの技を習得することが可能となるのです。


日本武芸の精華、脱力と経路

八光流の技法は筋肉の力に頼りません。
本来は最も護身術を必要とする年輩者や婦女子にも使えるようにするためです。「脱力」と呼ばれる技を掛ける時のコツで、むやみに力を振るう必要も無く、簡単に相手を制することが出来ます。また、人体の表裏を走る「経絡」を攻めることで、瞬間に激痛を与えて相手を制する方法があります。その痛いこと痛いこと。とても、それ以上逆らうことが出来なくなります。ところが、痛いのはその時だけで、後々まで痛みが残ったり怪我をしたりすることはありません。それどころか、攻められた経絡の対応する内臓が強化されるという相手の健康にも役立つものです。まさしく日本武芸の奥深さを感じるものです。


護身術は戦うだけではありません。

八光流は病気や怪我、疲労からも身を護ります。
経絡を指圧する「皇法指圧」という技術があります。指圧は誰でも行える上に、外科的処置や薬品の処方と比べて容易かつ危険性の少ないものです。その指圧を経絡上に加える事で、対応する身体部位の健康、強壮を図り人間の持つ生命力を活性化させるのです。不当な暴力には慈しみをもって報い、病魔や疲労には一指をもって健身となす。護身術の面目躍如です。




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